2005年の8月から、ドイツでも有数の大規模なパン工場で働き始めました。パン工場といっても、プレッツエル・様々なクロワッサンやピザが主に製 造されています。工場はオートメーションで24時間稼動しています。壁の崩壊後、旧東独の経済復興・促進事業の一環として、企業への税金優遇措置を始めと する企業誘致政策が行われました。 そのせいで、旧東独地域に多くの最新鋭の工場が建てられました。私の勤めている会社もそのうちのひとつです。本社はマインツという町にありますが、旧東独デッサウ 近郊のオラニエンバウムという町に真新しい工場があります。そこでは、一日あたり約70トンの以上の小麦粉が、冷凍生地・冷凍パンに生まれ変わります。
今、私が配属されている”プレッツエル製造ライン”では、一時間当たり約12000個のプレッツエルが作られています。材 料の計量・混合・ミキシング・生地の計量・分割・成形・パッキングまで自動で行われます。生地が自動でこねられ、自動的に次の工程に運ばれ計量され成形される様子は、正に圧巻です。もちろん、プレッツエルを成形するのは人間ではなく「ロボット」 です。技術的には一時間当たり20000個まで製造可能だそうです。
プレッツエルは昔からパン職人・手作り技術のシンボルで、職人組合の紋章やパン屋の看板には必ずプレッツエルが登場します。長い間、プレッツエルは 手でしか出来ないと思われていましたが、今時機械で出来ないことはないと言っても過言ではありません。シュワーベン地方(最もプレッツエルが良く食べられ る地方)のパン屋で働いていた頃、毎日何時間もプレッツエルを手で成形していました。5、6人がかりで5000個に3時間はかかったと記憶しています。
日本人は、「ドイツのパン屋」と聞くとすぐ「マイスターの手作り」と連想しがちですが、現実には数多くの大規模パン工場が存在し、スーパーなどパン 屋以外でのパンの売り上げは増加傾向にあります。私は、もともと「手作り」にあこがれてドイツにやってきましたから、工場や機械なんて罪悪だとさえ思って いました。昔は「工場パン」みんなおいしく ないと思い込んでいましたが、ドイツに来ておいしい工場パンもあるということに気付きました。パンは、工場で作られたからといって不味くなるわけではあり ません。不味く作ると、当たり前ですが不味くなるのです。それは、材料・水の質の悪さ、そして味のためでなく「機械に合わせたレシピ・製造工程」であった りします。ミキシングや計量を「手」でやったからといって、パンがおいしくなるわけではないのです!インスタントもので、いい加減に作ると、小さなパン屋 の「手作りパン」も不味くなります。工場パンの方が、実は添加物が少なくてしかも衛生的だったりもします。(その辺のパン屋の職人が、HACCPなんて 知ってるのか怪しいものです。内緒ですが、私は、床に落ちたパン生地は当然のごとく拾って使うというドイツの小パン屋をいくつも知っています。)
日本では、誰でもパン屋を始められますから、不味い手作りパン屋があるのは当然ですが、
なぜ日本の工場パンがなぜおいしくないのか
これは、今も私の最大の疑問です。私の好みが変なだけで、大多 数の日本人はおいしいと思っているのかもしれません。材料・水・機械・製造工程など、色々な理由が考えられますが、私は日本の大規模パン工場を知らないの で想像することしか出来ません。ご存知の方、ぜひお知らせいただけるとうれしく思います。
(2006年11月10日)
「天然酵母の崇拝者」が日本には多数存在するように思います。それをうたい文句にしたマーケティングの勝利というところでしょうか。「天然酵母だか ら おいしいはず」という思い込みは、残念ながらかなりの確率で外れます。というのも、天然酵母というのは、自分で種をおこすと望んでもいない種類の菌が繁殖 し てしまったりすることも多いからです。パンは、幸運にも最後はオーブンで焼かれて滅菌されますからいいですが、実はカビまで培養していたりすることさえあ ります。(そういうパン屋がないことを祈りますが)もちろん、製パン用に純粋培養されたイーストと違って、自然界に存在する様々な酵母が味と香りに深みを 出すという期待もできるわけですが。私は、何度か「酸 味がある」どころでなく、飛び上がるほど酸っぱい天然酵母パンを食べたことがあります。食事用パンはまあ我慢するとして、異様に酸っぱい「菓子パン」って 耐え難いです。はっきり言って「腐ってるのか?」って感じです。お値段が結構したので、捨てるに捨てれずまったく踏んだり蹴ったりでした。これは、培養さ れた天然酵母の中の、酢酸を発生させる酵母の割合が理想的でなかったことが考えられます。
粉を自分で挽いたり、ふるってたり、生地を手で捏ねてるというパン屋の方がおられます。大変なのに偉いなーとは思いますが、それをえらくもったいぶって偉そ うにしていたりなんかすると何だか変な感じがします。そういう作業を手でやったからといって、パンはおいしくならないと私は思っています。まあ、不味くは ならないと思いますが・・・。今時の機械というのは、そういう単純作業に関しては人間以上に性能がいいのです。「これは手作りだ」という催眠作用の他に、 おいしくなる理由は技術的に証明することが出来ないからです。ドイツでは、麦を育てるのはBauer、麦を粉にするのはMüller、パンを焼くのは Bäckerと仕事が分担されています。それぞれ奥の深い専門職で、ドイツでは弟子を取るにはマイスターの資格が必要です。時々日本で、その3つの仕事 全部を一人でやろうとされる方がおられますが、やめたほうが良いのではないかと思いますが。
(2007年7月24日)
近くのパン工場を見学して来ました。(仕事のサイト、ニュースに紹介した工場見学)モダンでかなり大規模な工場(130の販売店と700人の従業員、売上高で国内30位)を、 朝の9時半からドイツ人の団体さん(お年寄りのグループ)20人と一緒に見学しました。(もう一つのグループは50人のお年寄り!)パン工場が、顧客サー ビスと宣伝を兼ねて無料で行っているものです。案内してくれたのは、パン職人のおじさん。彼の方言がきつかったことと、工場が動いていたこともあって(三 交代制)工場内はとてもうるさく、説明は残念ながら良く聞き取れませんでした。1時間半ばかり、広大な工場を隅々まで見学。パン、小型パンの製造・冷凍・ パッキング、ケーキやお菓子・・・。モダンな機械が林立する、真新しい体育館のような工場。圧巻です。ドイツのモダンなパン作りの現実です。
見学した後は、セミナールームに通されてパン屋さんの説明ビデオを見ます。そこでコーヒー、ソフトドリンク、ケーキ(その日はチーズケーキ・ラスベ リーケーキ・ケシ実ケーキの三種類でした。)、パンがサービスされます。焼きたてのブレッツェルは本当においしかったー。質問をすれば、この間に答えても らうことが出来ます。希望者は、工場に併設されたショップで焼きたてのパンやケーキを買って帰ることが出来ます。このパン工場見学、パンに興味のある人に はお薦めです!
そこで私が買ったのは、Hefekranz(4分の1) 2,5ユーロ 石がまパン(4分の1) 750g 2,4ユーロ (実際の重さ 850g以上でした) ブレッツェル 0,55ユーロ
(結果)Brezel 合格!Hefekranzは普通。石がまパンは、当日はおいしかったけれど、次の日はかなりパサつきが気になりました。
(2007年9月14日)
日本でもドイツでも「手作り」は、広告で好んで使われる言葉です。それだけでおいしいような想像をしてしまうものですが、その印象を壊すようなドイ ツの現実をご紹介したいと思います。ドイツでは、パン業界の価格競争はとどまるところを知らず、それに加えてエネルギーや材料費の高騰などもあってパン屋さ んは苦しい経営を強いられています。
特に厳しいのが、小規模の手作りパン屋さんです。小規模手作りパン屋さんが、大手と同じだけの商品枠を提供しようとするあまり手軽なインスタントや ミックス粉に手を伸ばし、味だけでなく売り上げも落としてしまう例が後を絶たないのです。ひどい場合には、パン屋さんで買ったドーナツやケーキが、実は大 手の工場パン屋から仕入れた冷凍物だったりすることもあります。そしてパンはどこで買っても同じ味のミックス粉製・・・。マイスターが自ら焼き上げたと しても、元はと言えば「段ボール箱の中から出てきた冷凍生地」なんて「手作り」と言えるでしょうか?規模が小さいパン屋だからといって、「手作り」パンが 買えるとは限らなくなってしまった悲しい現実です。実際、BÄKOというドイツパン屋の材料卸問屋では昨今、材料に限らずありとあらゆる商品が半既成か既成の状態で購入できるのです。(それらは、工場のパン屋さんで大量に生産されているものなのですが。)元が同じ冷凍生地なら、同じものに高いお金を払う人がどこにいるでしょう?お 客さんが、安売りのSBパン屋(冷凍生地を一日中焼いて新鮮なパンを売っている)やスーパーに流れるのも無理のない話しです。「手作り」を前面に押し出 し、イメージ戦略で生き残りをかけるのもいいですが、本当に価値のある「手作り」とは何か原点に戻って考えて欲しいものだとつくづく思います。それこそ が、お金を払う価値のある「職人の技」なのですから・・・。
大規模パン屋や工場パン屋も負けてはいません。人件費を初めとする製造コストの削減で、実際の製造現場は「手作り」とは程遠いものになっているので
す。極端な例では、工場にほとんど人影もないようなことすらあるのです。それでも広告や宣伝・パッケージに踊るのは「手作り」・・・。ドイツでは、イメー
ジだけの名称は厳しく禁止されています。例えば石がまパンは、本当にオーブンの内部のパンと接触する部分が天然か人造の石又は耐火レンガでできていなけれ
ばその名称を使うことが出来ません。電気オーブンで、外観が石がま風なので「石がまパン」なんていうのは禁じられているのです。その他、ありとあらゆるパ
ンの種類が消費者保護のために細かく規定されています。しかし、抜け穴というのはいつでも存在するものです。曖昧な表現、「伝統的な製法」「昔からのレシ
ピ」「手作りの技」などは好んで使われていますが、それを製造の現場で実行に移すのは「モダンなコンピューター制御の機械」だったりするということなので
す。冷凍生地と冷凍ケーキの販売で有名なドイツの会社、Coppenrath und Wiese
はコマーシャルでも「伝統と手作り」を前面に押し出した戦略を展開しています。確かに、「そのイメージどおりに手作りで製造している」とは一言も言ってい
ないわけで、想像しているのは顧客自身のなのですね。現実は、超モダンな機械化された大工場なんですが・・・。全く人間の心理をよくついています。これから
の時代、顧客としてもそのような宣伝文句に踊らされない「確かな嗅覚と味覚」を持つことが必要と言えそうですね。
(2008年1月17日)
先 日、近くのパン屋さんでカーニバルの揚げ菓子を買いました。南西ドイツのこの地方では、Fasnachtsküchle と呼ばれてカーニバル の季節に好んで食べられています。ドイツ各地に、様々な形で色んな名前で存在しています。ベルリーナーと違って、中には何も入っていません。シナモンシュ ガーがまぶしてあるだけで、揚げたての味を楽しみます。小さなパン屋さんでは、ベルリーナーやカーニバルの揚げ菓子を毎日揚げたりはせず週に一度大量に 作って冷凍してあることが多いので、わざと大手のパン屋さんで買いました。(そんなことは誰も言いませんが、知っている人だけが知っている事実です。)そ の大手のパン屋さんは巨大な揚げ物の機械を持っていて、シーズン中は毎日大量に新鮮なものが作られているということを私は知っています。その日は、季節柄 しかも土曜日でちょうど売り出しになっていました。普通1個90セントのところ、4個で3ユーロ。(本当は3個買うつもりだったのですが、やっぱり上手く 4個買わされてしまいました。)結論的に言うと、クラムのパサつき具合から明らかに冷凍されたものでした。売り出しの日には普段の何倍も売れるそうですか ら、新鮮なものでは賄い切れず冷凍で準備したのでしょう。最近の冷凍技術は進歩して、あまり味覚に敏感な人でなければ分からない位の違いかもしれません。 でも、これまで何年もパン屋で修行し働き、ベルリーナーも揚げて来た人間にとってはそれは明らかな違いでした。スーパーで包装されたのを買ったならまだ納 得もいく話ですが・・・。パン屋さんで買うのは、スーパーのパンにはない「新鮮さと品質」を求めてに他なりません。そのために人はわざわざパン屋まで足を 伸ばし、スーパーのパンによりも高いお金を喜んで出すのです。特売日、普段来たことがないお客さんも来るその日に、そんな品質のものを販売するというのは マーケティングとしてあまり賢いやり方とは思えないのです。特売のその商品がすばらしいものであれば、それを買ったお客さんはその後も買いに来るでしょう に・・・。うかうかしているとこんなものをつかまされるなんて、ドイツのパン屋も落ちたものです。ドイツのパン屋、頑張れー!そんなことでは工場パン屋に 負けてしまうぞ!!と思った一件でした。
(2008年1月24日)